1-10『院生、勇者達と商人達・五森の公国、砦の戦いの後』
隊員E達の乗るトラックは、木漏れ日の町へと到着
騎士団長「もう着いたのか…なんて早さだ…」
隊員E「輸送A、門の脇で止めろ」
輸送A「了解」
門の前で停車すると、詰め所から騎兵長が駆け寄ってきた
騎兵長「皆さん!無事でしたか!」
騎兵長の声を聞きつけ、37隊長が荷台後部から顔を出す
37隊長「よぉ、騎兵長」
騎兵長「37隊長、お前も無事だったか!」
37隊長「ああ、彼らのおかげさ。五森姫様に取り次いでくれ。
早急に報告したいことがあると」
騎兵長「報告?お前自らか?」
37隊長「色々と厄介になってるみたいでな…俺が直接来たんだ」
騎兵長「そうか…分かった。報告がきたらそのまま通すように言われてる。
門を開けるから待ってくれ」
騎兵長はトラックを離れると、門を開けるよう部下に指示を出す
輸送A「このまま待ちに乗り入れちまって大丈夫なのか?」
37隊長「日も落ちたし、人通りは少なくなってるから大丈夫だ」
数刻待つと、門が完全に開いた
騎兵長「どうぞ、通ってください!」
トラックは門をくぐり、町の中心へ向った
町の中心に到着し偵察と輸送Aをトラックの見張りに残し、建物内へと入る
侍女A「お、お待ち下さい!姫様!」
隊員E「ん?」
扉をくぐったとたん、階段の上から声が聞こえてきた
五森姫「かまいませんわ!」
そして一同の目に映ったのは、階段を駆け下りてくる寝巻き姿の五森姫だった
侍女Aが追いつき、カーディガンを羽織らせる
五森姫「騎士団長!」
その様子にあっけにとられていた騎士団長だったが、
五森姫に名を呼ばれ、あわてるように膝を突き、頭を垂れた
騎士団長「まことに申し訳ございません!今回の損害は私の責任です!
姫様の騎士団に損害を出したばかりか、公国をも危険にさらしました…
この騎士団長、いかなる罰も受ける所存にございます!」
五森姫「…命を落とした者の数は?」
騎士団長「…93名にございます。砦の兵17名に、我が騎士団から…76名が…」
報告を聞いた五森姫の顔が歪みかけるが、彼女はそれをこらえた
五森姫「…騎士団長」
騎士団長「!」
五森姫の近寄る気配に、騎士団長は体をこわばらせた…が
五森姫「…よくぞ無事に戻って参りましたね…」
騎士団長「ははぁ!!大変申し訳…は…?」
想像もしていなかった言葉に、騎士団長は顔を上げる
五森姫「早馬で最初の報告を聞いた時には最悪の事態も覚悟しました。
実際に93名もの勇敢な者たちの命が失われてしまいました…
でも、あなた達は返ってきてくれました」
騎士団長「で、ですが…!」
五森姫「…確かに、あなたの下した判断は決して褒められる物ではありませんわ…
しかし、王子と共に出兵できず、それを悔いていたあなた達の元へ、
私は、追い討ちをかけるように彼らを送り込んだ」
騎士団長「姫様…そのような!」
五森姫「いいえ、あなた達の気持ちを汲み取れなかった私にも責任はありますわ。
あなた達はこんなにも忠誠を誓ってくれていたのに、私はそれを裏切ってしまいました…」
騎士団長「姫様…」
五森姫「…それと…あの娘は…」
何かを聞こうとして、口ごもる五森姫
騎士団長「…ご安心を、五森騎士も無事でございます」
五森姫「!」パァ
それを聞いた瞬間、五森姫の表情が一気に和らいだ
五森姫(よかった…!)
侍女A「…姫様。」ボソッ
五森姫「…はっ!と、とにかく、込み入った話は後で。今はお休みなさい。
侍女Bさん、彼をお願いしますわ」
五森姫は侍女に命じ、騎士団長を別室へ案内させた
それを見届けたのち、五森姫は37隊長へと向き直った
五森姫「失礼、私的な事情を挟んでしまいまして…それで、報告はあなたが?」
37隊長「は。お初にお目にかかります。木漏れ日の町駐留、第37臨時騎士隊
隊長を務めます、37隊長と申します」
五森姫「まぁ、隊長自ら報告に?」
37隊長「は。いかんせん事情が事情なものですから、
他の者を通さず、直接お話するべきと思いまして。
砦は副隊長が指揮をしております。きわめて優秀な男ですのでご安心を」
五森姫「なるほど…ではここでは難ですわね。別の部屋を用意いたしますわ。
侍女Aさん、お願いします」
侍女が部屋を用意しに階段を上がってゆく
五森姫「それと…隊員E様」
五森姫は今度は隊員Eへと向き直る
五森姫「今回は私の騎士たちを、そしてこの五森の公国を守っていただき本当に感謝しておりますわ。
あなた方がいなかったらと思うと、背筋が凍る思いですわ…」
隊員E「いえ、我々はあくまで依頼された任務を遂行したまでです。
それに、この国になにかあれば我々も居場所を失うことになりますから」
五森姫「そう言っていただけると助かりますわ…」
侍女A「姫様、お部屋のご準備が整いました」
五森姫「ありがとう、では皆さんをご案内して差し上げて」
隊員E「あの、今更ですが…国に関わるお話に、我々が同席しても良いのですか?」
五森姫「もちろんですわ。今回の件はあなた方のおかげで最悪の事態が回避できました。
ですからあなた方には知る権利があります。
いえ、私達としても知っておいてもらいたいのです」
言うと、五森姫は階段を上がって行った
侍女A「どうぞこちらへ」
隊員E「…どうやらあの姫さん、とことん俺達を巻き込む気らしいな」
同僚「…」
建物内の一室
37隊長は五森姫に 砦で起こったことを一通り説明した
五森姫「…むぅ、なるほど…」
37隊長「具体的な事はわかりませんが、雲翔の王国で何か起こっているのは間違いないでしょう。
それに奴らと同じような勢力が、雪星瞬く公国にも攻め入っている可能性があります」
五森姫「そうですわね…それに、騎士団長が自殺した敵将軍から聞いたそうですね…魔王の名を…」
37隊長「ええ」
五森姫「これをどう見るべきかしら。ただ単に、雲翔の国の一部の将兵が、
魔王の恐怖によって疑心暗鬼に駆られ、先走り暴挙に出たのか…それとも」
37隊長「すでに雲翔の王国に魔王軍ないし、それに追従する勢力の息がかかっているか…」
その不吉な考えに、苦い表情を浮かべる二人
五森姫「どちらにせよ、早急に自体を把握する必要がありますわね…侍女Aさん」
侍女A「はい」
五森姫「王都に今回の件の報告書、雲翔の王国、雪星瞬く公国の両国への内偵派遣依頼を。
それと、五月晴れの街の17騎士団、五月雨の町の34騎士隊に国境への派遣要請。
これらをまとめて早馬を出してくださいな」
侍女A「かしこまりました」
そう言うと侍女Aは部屋から出て行った
五森姫「33騎士隊は到着にどれくらいかかるかしら?」
37隊長「こちらから緊急事態を伝える伝令をだしましたので、
明朝にはこの街に到着するかと」
五森姫「防備が調ったら国境ギリギリの所まで斥候を出したいところですわ」
37隊長「37隊から志願者を募り、斥候部隊を編成しましょう」
五森姫「お願いしますわ」
話が一段落すると、五森姫は隊員Eへと向き直る
五森姫「隊員E様。しつこいかもしれませんが、今回のご協力には大変感謝しております。
お約束道理、我が国はあなた方への食料、物資の支援を約束いたしますわ」
隊員E「ありがとうございます」
五森姫「それと、お願いがありますわ。これ以降も私達にあなた方の力を貸していただきたいんですの」
隊員E「?、もちろん、増援の到着まで我々も警戒を続けますが、
一度補給のために陣地へ帰らなければなりませんので…」
五森姫「失礼、言い方が適切ではありませんでしたわね…私は言いましたのはもっと長期的なお話ですわ。
今回のことから見るに、遠からずまた敵対する者たちと刃を交えることになるでしょう。
その際、私達と共に戦っていただきたいんですの」
隊員E「…協定というわけですか?」
五森姫「"同盟"と思っていただいても結構ですわ」
同僚「少し大げさでは…」
五森姫「本当にご謙遜なさりますのね。
本来、今回のような事態に出くわせば、歴戦の傭兵といえども迷わず逃げ出すはずですわ。
でも、あなたがたはたった30名程度で1000人近い敵を撃退してしまいました」
同僚(それは、今回は地形が有利に働いたし、騎士達の協力もあったからだ…)
五森姫「あなた方の力をもってすれば、小国…たとえばわが国をひねり倒す程度、
なんともないのではなくて?」
隊員E「…」
一個中隊程度では、たとえ相手が小国であってもかなり難のある話だが、
隊員Eはあえて何も言わなかった
五森姫「ともかく、あなた方とは長期にお付き合いしてゆきたいと思っていますわ。
そのためにも関係も確固たるものとしておきたいのです」
隊員E「もちろん、こちらとしても支援を受ける以上、なんらかのご協力はさせていただきますが…
長期的な話となりますと、上官…いえ、同胞全員の同意を得なければなりません」
五森姫「わかっております。十分にお考えいただいた後に、お返事をいただければ」
話が終わると、ちょうど良く侍女Bが部屋に入って来た
侍女B「皆様、医薬品を積んだ馬車が玄関前に到着いたしました」
隊員E「ああ、ありがとうございます。
じゃあ、トラックに積み替えるとするか。同僚、行くぞ」
同僚「了解。」
五森姫「ああ、お待ちになって」
同僚「?」
五森姫「少しの間だけでかまいませんの、同僚さんをお貸しいただけないかしら?」
同僚「はい?」
五森姫「お話がしたいだけですわ。積み込みには他のものを手伝わせに向わせます」
隊員E「同僚、どうする?」
同僚「…まぁ…かまいませんが」
同僚は別の部屋に招かれる
そこはこの街で、五森姫が私室として使っている部屋だった
五森姫「どうぞ、おかけになって」
同僚「失礼します」
座った同僚に、五森姫は紅茶とお茶菓子を差し出す
五森姫「ふぅ…」
そして自身もソファに腰を降ろした
五森姫「…ふふ、おかしいですわよね。ただ待っていただけの私が
疲れたような溜息をついて」
同僚「いえ、お気持ちは分かります。待つ立場というのも辛いものです…
まして、親族の方がその中にいらっしゃるのであれば、当然でしょう」
五森姫「あら?五森騎士のこと、すでにご存知でしたの?」
同僚「騎士団長殿からお聞きしました」
五森姫「そう…指揮を預かった者として、親族だけ特別扱いするなど、
本来はあってはならない事なんですけど…」
同僚「仕方の無いことです。あなたもお若い身なのですから、
情を押さえ込むのもお辛いでしょう」
五森姫「ええ、私はまだまだ若輩者ですわ…」
同僚「あ!いえ、そういう意味で言ったのでは…」
五森姫「ふふふ、わかっております。お気遣いありがとうございますわ」
同僚「すみません…そういえば、失礼かと思いますが、五森姫様はおいくつなんですか?」
五森姫「私?今年で18になりましたわ」
同僚「18…では、五森騎士さんは…?」
五森姫「あの娘は確か16のはずですわ」
同僚(信じられない…こんな若さで、軍を指揮したり、前線に立ったりしてるのか…)
同僚「…あの、この世界の成人はいったいどれくらいなんですか?」
五森姫「世界?他の国ではわかりませんが、わが国では16で成人と認められますわ」
同僚「16…ですか…」
同僚(じゃあ、あの騎士の子も37隊の子達も皆成人扱いなのか…)
五森姫「ちなみに同僚さんはおいくつ?」
同僚「え?わ、私は20になります」
五森姫「あら、では同僚さんのほうがお姉さまということになりますわね」
同僚「お、お姉さま、って…」
五森姫「うふふ…普段あの娘は、従姉妹の私のことをお姉さまと慕っておりますの。
それが、どんな感じなのかと思いまして」
同僚「従姉妹!?そんなに近い続柄で…でしたら前線になど立たずに、
王室にいるべきなのでは?」
五森姫「本来はそうあるべきかもしれませんわね…しかし、何分わが国は小さな国ですし…
それに、あの娘の望みでもありますから」
同僚「望み…ですか」
五森姫「あの子は騎士が性に合っているのでしょう。
今回もどうしても皆と前線に立つと聞きませんでしたのよ。
…まぁ、当たり前ですわね、苦楽を共にした仲間なのですから。
戦いに身をおく人は、そういうものなのでしょう?」
同僚「まぁ…そうですね」
五森姫「でも…あの娘の性格を考えれば、やはり私の身辺警護に
戻ってもらったほうがいいかもしれませんわね…」
同僚「身辺警護?」
五森姫「ええ、普段は五森騎士には、侍女たちや他の女性騎士と共に、
私の身辺警護をさせていましたの…」
同僚「侍女さん達も…ですか?」
五森姫「侍女と言いましても、武術を心得えさせておりますのよ。
警護の騎士もあの娘を始め、皆、騎士団の中から厳選した者ばかりですわ」
同僚「御自身でですか?」
五森姫「ええ、自分の身を守らせるんですのも。他人には任せれませんわ」
同僚「それもそうか…」
五森姫「そばに置いておくには優秀で…そして、かわいい娘でなくちゃ。あなたも思いません?」
同僚「え?…は…はぁ…」
確かに、思い返せば五森姫の周りには容姿の良い者が多かった
同僚は返答に困り、五森姫から目をそらす
五森姫「たとえば…同僚さんみたいな」
同僚「はい?」
言ったかと思うと、五森姫は同僚に顔を近づける
同僚「ちょ、ちょ!」
そして同僚の髪をその手で梳いた
五森姫「長くていい手触り…これで軍人だなんて、信じられませんわ」
同僚「い…!」
離れようとするも、髪に手を絡められているので、下手に動けない同僚
五森姫「よろしければ私の元に来ていただけませんか。ね、お姉さま…?」
同僚の耳元で囁く五森姫
同僚「あぅ…そ、それは…」
コンコン
侍女B「姫様、よろしいですか?」
同僚「!」
ドアがノックされ、廊下から侍女の声が聞こえてきた
五森姫「お入りになって」
五森姫は同僚から離れた
五森姫「ふふ…冗談ですわ…」
悪戯っぽく笑うと、五森姫はドアへと歩いていった
侍女B「失礼します」
ドアが開かれ、侍女Bが隊員Eを室内へ通した
隊員E「お話は終わりましたか?」
五森姫「ええ。わがままを聞いていただいてしまって、申し訳ありませんでしたわ」
隊員E「我々は砦へ戻りますが、明日の朝には一度撤収させていただく形となります」
五森姫「わかりました。支援の件につきましては、こちらから使者を遅らせていただきますわ」
隊員E「お願いします。よし同僚、積み込みは終わってる。砦に戻るぞ」
同僚「は、はい…!(た、助かった…)」
建物の前
偵察「荷台が半分以上、医療品で占められちまったな。
こりゃ帰りはちと窮屈だぞ」
輸送A「いや、あのサバサバした隊長さん以外は、明日の朝まで町にいるらしいっすから、
大丈夫でしょう」
輸送Aは37隊長へと目を向ける
そこでは、37隊長が集まってきた住民達と話をしていた
37隊長「皆に心配かけちまったな」
木洩住民A「いいって。砦でなんかあったって聞いてたが、無事でよかったよ」
木洩住民B「他の皆は無事なの?」
37隊長「俺達は無事だったが…第一騎士団に死傷者が何人か出てる」
木洩住民C「おいおい、大変じゃねぇか…」
木洩住民A「町の手空きの奴に声かけとくから、なんかあったら言ってくれ」
37隊長「ああ、ありがとう」
住民と二三言葉を交わした後、37隊長は戻ってきた
37隊長「すまん、待たせてしまったかな?」
偵察「いや、丁度いいぜ。同僚も今戻ってきたしな」
隊員E「よし、乗車だ。37隊長さんも荷台へお願いします」
全員が乗り込み、トラックが走り出す
街路をゆっくりと通り抜けるトラックに、住民達が手を振って来た
37隊長は荷台から手を振り、それに返している
隊員E(この町では軍民の関係は良好みたいだな…)
一方、同僚は荷台で渋い顔をしていた
同僚「…」
偵察「同僚、妙な顔になってるぞ。大丈夫か?」
同僚「いや、ちょっとな」
同僚(…さっきの、もしかしてやばかった…?)
再び風精の町
宿の一室
院生「ふぅぅ…」ドサッ
院生はベッドに腰を降ろす
あまり良いベッドではなかったが、疲れた体にはそれでも心地よかった
燐美の麗氷の二人は一階で情報を集めている
院生「…」ドサッ
院生はベッドに上半身を倒した
院生「…とんでもない事になっちゃったなぁ…」
正直な所、院生は起こったことを未だに信じきれていなかった
院生「わけの分からない場所に来たと思ったら、いきなり襲われるし、
まるでゲームの中みたいなことが次々起こるし…
どうなっちゃうんだろ…?」
少しこの先のことを考えてみた院生だが、あまりよくない光景しか浮かばず、考えるのを止めた
院生「…そうだ」
院生はベッドの脇に放り出したカバンを手繰り寄せ、中身をひっくり返した
院生「…あんまり使えそうなものはないなぁ…」
出てきたのは参考書やルーズリーフ、筆記用具。ハンカチ、ets…
後、お菓子が少し…
院生「はぁ…」
院生はルーズリーフを手に、再び横たわる
そしてルーズリーフをパラパラとめくる
院生「…久しぶりに見直したけど、変な内容ばっかり…
教授、妙な講義ばっかりするんだもん…
この前も油まみれになるし…」
ガチャ
燐美の勇者「院生さん?」
院生「あ、勇者さん」
燐美の勇者「これから夕飯に行こうと思ったんだけど…
もしかして疲れちゃってる…?」
院生「あ、大丈夫です!今行きます!」
院生はカバンの中身を戻し、部屋を出た
宿を荷物を置いた院生達は、
商人Bに紹介された酒場に来ていた
燐美の勇者「商人Aさん達、遅いなぁ…」
院生「あ、来ましたよ。」
麗氷の騎士「ん、何か妙じゃないか?」
向ってくる商人一行は、皆荷物をかかえたままで
それに皆困惑した表情を浮かべていた
商人A「やぁ、燐美さん。待たせてしまって申し訳ない」
燐美の勇者「いえ、それよりどうかしたんですか?荷物を持ったままみたいですけど…?」
商人A「ええ、それが…。先程話した宿屋が無くなっていまして…」
麗氷の騎士「無くなっていた?」
狼娘「近くで尋ねてみたら、三月ほど前に突然夜逃げしちまったっていうんだ」
商人C「あそこの主はそんな下手な経営をする人間じゃなかったんだがな…」
商人達は納得がいかない様子だった
商人A「ああ、失礼。ともかく、他の宿を探さなくてはならなくなりまして…」
院生「あ、それなら私達の宿なら、空き部屋がまだありましたよ」
燐美の勇者「ただ、ぼろっちいですけどね」
麗氷の騎士「そのぼろっちい宿に泊る羽目になったのは誰のせいだと?」
燐美の勇者「う…」
狼娘「いいじゃないか、せっかくだし、あたしらもそっちの宿に泊るとしようよ」
商人B「そうだな、そうするか」
麗氷の騎士「では、一度宿に…」
商人A「いえ、先に夕食を済ませましょう。こちらからお誘いしたわけですし」
麗氷の騎士「いいのですか?」
商人C「いいっていいって!俺達も腹減ってるしな」
一行は酒場へと入っていった
狼娘「ぷはっ!うまい!」
狼娘は酒を一気に飲み干す
燐美の勇者「うん、これおいしいよ!」ハグハグ
一方、勇者はテーブルの上に並ぶ料理を次々と平らげてゆく
狼娘「おかわり持ってきてー!」
院生「…」
二人の様子をあっけにとられながらみていた
院生「二人ともすごいですね…」
麗氷の騎士「ああ、勇者様の大食いのせいで、いつも出費がかさむんだ…」
燐美の勇者「むぐ!?だ、だって、町に寄ったときじゃないと、
おいしい料理なんて食べられないし!」
麗氷の騎士「はいはい、分かったから食べてる最中にしゃべらない。もっと行儀よく!」
燐美の勇者「むぅ…」
商人A「しかし…やはり腑に落ちないな…」
グラスを飲み干した商人Aが呟く
麗氷の騎士「先程の宿の件ですか?」
商人A「ああ、以前訪れたのが半年前だったんだが、そのときにはとても
経営難に陥ってるとは思えなかった」
商人C「それなんだけどさ」
カウンターで何か話していた商人Cが、酒を片手に戻ってきた
商人C「カウンターでちょっと聞いてみたんだが、どうにもこんなことが
続いてるみたいなんだ」
商人A「こんなことって…?」
商人C「経営の順調だった所が突然倒産したり、知らずの内に夜逃げしてたりさ。」
院生「不景気なんですかね…」
商人C「にしては妙なんだ。無くなるところがある一方、今まで芳しくなかったところが
急に活気立ったりしてるみたいなんだ」
麗氷の騎士「それは…妙ですね…」
商人A「少し調べてみたほうがいいかもしれないな…」
狼娘「うんにゃ〜?どうしたんだ、みんな〜?」
院生「ひゃ!お、狼娘さん!」
酔いの回った狼娘が院生に絡んでくる
狼娘「辛気臭いしちゃって、綺麗な顔がだいなしだ〜」
院生に抱きつき、もたれかかる狼娘
狼娘「わう…」パタ
そしてそのまま気を失ってしまった
院生「あやや…」
商人B「またか…しょうがないな…」
商人Bは院生にもたれかかる狼娘を抱え上げる
商人B「先に麗氷さん達の宿に行って、部屋をとっとくよ。
ついでにこいつを放り込んどく」
商人A「すまん、たのむ。」
麗氷の騎士「手を貸しましょうか?」
商人B「いや、大丈夫さ。そっちはゆっくり食事を楽しんでくれ。」
そう言うと、商人Bは狼娘をかかえて酒場を出て行った
院生「大丈夫なんですか?」
商人A「いつものことさ。酔いの回りやすい体質なのに、
いつも調子に乗るもんだから…困ったもんだ」
麗氷の騎士「お気持ちはお察しします」チラ
燐美の勇者「むぐむぐ…ん〜?何の話?」
麗氷の騎士「…はぁ」
燐美の勇者「?」
鍛冶一家近く 燃料探索隊陣地
普通科小隊の面子は、陣地を見張りやすい場所で焚き火を囲っている
そこに自衛が加わった
自衛「第二中隊、全員いるな?」
支援A「あぁ?中隊?」
隊員C「五人で中隊も糞もねぇだろうよ」
隊員D「原隊が(※54普通科連隊の)第二中隊の奴ってことだろ」
隊員C「んなこた分かってんだよ、いちいち補足すんじゃねぇ!」
衛生「俺は原隊、2後支連(第二後方支援連隊)なんすけど…」
自衛「黙って聞け。陣地から施設作業車と砲側弾薬車を回してもらえるそうだ。
だが、施設部隊が到着するのは早くて明日の夕方だ」
隊員C「ああ、そりゃいいね。ようやくゆっくりできそうだ」
皮肉な口調で言う隊員C
自衛「馬鹿か。その間にできることをやるんだよ。
鍛冶一家から少し騒がしくすることも了解をもらった」
隊員C「そんなこったろうとは思ったよ」
支援A「できること、って具体的に何すんだ?」
自衛「今から説明する。衛生、お前は補給二曹等を手伝って、
井戸周辺の整備、並びに居住区その他の構築をしろ。
普通科は俺と周辺の散策か、特科の連中と木材の切り出しだ。
どっちも鍛冶兄妹のどっちかが案内してくれることになってる」
隊員C「で、誰がどっちに行きゃいいんだよ。」
自衛「それを今からお前らで決めろ。衛生以外で2:1で分かれるようにな。
ちなみに切り出しが2だ」
言い終えると、自衛は焚き火の前で小銃の整備を始めだす
隊員C「…どうすんだ?正直、切り出しに行くのはごめんだぜ」
隊員D「じゃあ、トランプかなんかやって決めようぜ?」
隊員C「頭のネジでも飛んだか?んなもん持ってるわけねーだろ」
衛生「普通にジャンケンすりゃいいだろ」
隊員C「ああー、それじゃ平凡すぎだ平凡すぎ」
手をヒラヒラとさせ、衛生の案を却下する隊員C
隊員D「平凡でなんか問題あんのか…?」
支援A「秀才様な隊員Cの脳みそは、こういう、どうでもいい時でもフル回転なんだろ!
うへへへへ!」
衛生「…凡庸な人間ほど平凡を避けたがるんだ」ボソッ
隊員C「ああん?お前らホントに殺されてーのか?」
隊員D「落ち着けって」
自衛「おい、いつまでやってんだ?」
隊員D「あー、いえ…隊員Cが妙なこと言い出して、ごねるもんで…」
自衛「馬鹿共…しょうがねぇ…」
自衛はポケットからトランプを出し、隊員C達の前に放り出した
自衛「こいつで決めろ」
支援A・衛生・隊員D「…」
自衛「どうしたお前ら?」
隊員C「…お前、数秒前までの俺等の会話聞いてたか?」
自衛「ああ、適当放題に聞き流してたぜ」
隊員C「なんで偉そうなんだよ」
衛生「…適当放題って日本語として正しいんですかね?」
隊員C、隊員D、支援Aの三人はババ抜きで役割を決めることにした
支援A「ところで、今更だけど精製ってなんじゃらほい?」
ババ抜きのかたわら、支援Aがそんなことを口にする
隊員C「…原油を軽油やガソリンに加工することだ。
それがわかんなきゃ、原油もただの臭ぇ泥水だ」
自衛「隊員C、お前精製法を知ってるっていったな?」
隊員C「ああ、"知ってはいる"。だが、実際に装置を作ったことなんかねぇぞ」
支援A「なんだ?そんな面倒臭ぇのか?ガソリン作んのって?」
隊員C「当然だ!鍋で原油煮詰めりゃできるとでも思ってんのか?
専用の蒸留機器が必要だし、高温で加熱できる釜もいる。
それがここで作れるかは甚だ疑問だがね!」
隊員D「おいおい…大丈夫なのかよ?」
自衛「大丈夫かどうかじゃない、なんとかするんだ。
隊員C。お前の頭に詰まった、普段は悪態吐くにしか役に立ってない知識でな。
じゃなきゃ、誰がお前みたいな問題隊員連れてくるかよ」
隊員C「ああ、お褒め頂き光栄だね…こんな事ならとっとと除隊しとくんだったぜ」
自衛「だったら一層、こんなハッピーな場所でくたばりたかぁねぇだろ?
その為には、力の維持が最優先だ」
隊員C「分ーった分ーった…材料そろえたらなんか試してみるよ」
一方 五森の公国、北の砦
砦へと戻ってきた隊員Eは、
ジープに積んだ無線で、陣地と通信している
隊員E「…といったことから、予想以上に弾薬を消費しましたが、
隊員から死者は出ていません」
一曹『そうか、ご苦労だったな。弾薬の消費は仕方あるまい。
燃料と違って多少の余裕はあるしな』
隊員E「そういえば、燃料探索隊の方はどうなっているんです?」
一曹『そうそう、それなんだ。夕方、無線連絡があってな、
隣国、月詠湖の王国の端で原油を発見したそうだ』
隊員E「本当ですか!?」
一曹『ああ、月詠湖の王国の端に原油を汲み上げてる井戸があったそうだ。
応援の要請を受けて、今、施設部隊の準備をしてる。
で、その関係で陣地の人数が減るから、正直言うとなるべく早く戻ってきてほしい』
隊員E「分かりました、明日の夕方にはそちらに帰還できると思います」
一曹『頼む』
隊員E「では、切ります」
通信を終える隊員E
隊員G「なんですって?」
隊員E「燃料探索隊が原油を発見したそうだ」
隊員G「マジですか!?」
偵察「よく見つけたな、あいつら…」
隊員E「それで、向こうに施設部隊を送るから、我々はなるべく早く帰還しなければならない。
隊員G三曹。手空きの連中を集めて、できる限りで撤収準備をしておいてくれ」
隊員B「了解」
城壁脇
隊員F「…」
不寝番交代のため、城壁へと向う
騎士団兵A「くそ…こいつ、まだ人生はこれからだったっていうのに…」
騎士団兵B「言ってやるな、こいつは騎士として国を守って死んだんだ…」
広場の片隅にもうけられた遺体安置の場から、そんな会話が聞こえてきた
彼らの他にも仲間の死を悼む声が聞こえてくる
隊員F「…チッ」
隊員Fは少しの間その光景を眺めていたが、
やがて、小さな舌打ちをした後、その場を後にした
紅の国 風精の国
院生達の宿
燐美の勇者「はふ〜、満足」ボスッ
宿の部屋に戻ってきた燐美の勇者は、ベッドに身を投げ出した
麗氷の騎士「靴をはいたまま寝転がらない!」
燐美の勇者「うう、は〜い…」
麗氷の騎士に注意され、燐美の勇者は半身を渋々と起こすし、靴を脱ぐ
燐美の勇者「…そうだ、院生さん」
院生「はい?」
燐美の勇者「疲れてるかもしれないけれど、寝る前に話しておきたいことがあるんだ。」
院生「話…ですか?」
麗氷の騎士「ああ。前に話した通り、私達は魔王討伐のために旅をしている。
とても長く、そして危険を伴う旅だ」
燐美の勇者「正直、この先の旅で何が起こるかはボクたちにもわからない。
だからね…」
麗氷の騎士「安全を考えるなら、院生さんはここで分かれたほうがいいかもしれない」
院生「え…」
麗氷の騎士「この町で身を寄せられそうな所を見つけるという手もあるし、
商人さん達に同行させてもらえるよう頼み込むという手もある。
もちろん私達も手伝うが…」
院生「あ、あの!待ってください!」
麗氷の騎士「ん?」
院生「その…燐美さん達と一緒に行くのは…駄目なんですか…」
燐美の勇者「え、ボクたちと?」
麗氷の騎士「それは…」
院生「あ…すみません、勝手なこといっちゃって…ご迷惑ですよね…」
院生はそのまま押し黙ったが、その表情はみるみる不安に染まっていった
麗氷の騎士「!」
燐美の勇者「あわわ、そんな悲しそうな顔しないで!」バッ
院生「す、すみま…ひゃわ!?」
燐美の勇者は院生に思いっきり抱きついた
燐美の勇者「大丈夫だよー!院生さんを置いていったりしないから!」
そして院生をワシワシとなで回す
燐美の勇者「だからそんな、捨てられた子猫みたいな顔しないでー!」
院生「わ、わかりました!だから…」
麗氷の騎士「勇者様、院生さんが戸惑ってる」
燐美の勇者「へ?」
院生「あわわ…」
燐美の勇者「あ。ご、ごめん」
燐美の勇者から解放される院生
院生「ご、ごめんなさい…急に不安になっちゃって」
麗氷の騎士「いや、こちらこそ配慮が足りなかったな…誤解しないでくれ。
あくまで一つの案として言って見ただけなんだ。」
院生「じゃ、じゃあ燐美さん達と一緒に行ってもいいんですか…?」
麗氷の騎士「もちろん、当初はそのつもりだったしな。
院生さんが望むなら何も問題はあるまい」
燐美の勇者「ごめんね、変なこと行って不安にさせちゃって…」
院生「いえ、わがまま言ってすみません…でもちょっと安心しました」
燐美の勇者「よかったー」
麗氷の騎士「では、どうする?予定では明日に出発するはずだったが」
燐美の勇者「もう一泊していこうか?」
院生「そ、そこまで迷惑かけられません。これからは私が燐美さと麗氷さんに合わせます」
燐美の勇者「いいの?大変だよ?」
院生「大丈夫です…たぶん」
麗氷の騎士「では予定道理、明日出発しよう。ただ、出発前に院生さんの分の用具を
用意しないとな」
燐美の勇者「でも、僕達と一緒に行くなら覚悟してね?麗氷の馬は基本は荷物用だから、
冒険中はずっと歩きになるよ?」
院生「が、がんばります」
燐美の勇者「それに、道中でこわ〜いモンスターに出会うことも…むぺ!?」
麗氷の騎士「必要以上に脅かさない!大丈夫だ、院生さんの身は私達が守るから。
そうだろう、勇・者・様?」
麗氷の騎士は怒気をこめて、燐美の勇者を睨む
燐美の勇者「ふぁい…がんばりまふ…」
院生「あはは…」
隊員C「またかよ!糞ったれ!」
隊員Cは手に残ったジョーカーを投げ出す
衛生「やっぱりババ抜きは効率いいよな」
支援A「隊員C、いい加減あきらめろよ」
隊員C「やり直しだ、やり直し!」
隊員D「ふざけんなよ、一発勝負って言い出したのはお前だろ?」
衛生「もう四回目だぞ?」
隊員C「切り出しに行くのははともかく、ビリッケツなのが納得いかねぇんだ!」
自衛「納得いかねぇのは結構だが、そろそろ巡回の時間だぞ。
支援A、隊員D、行って来い」
支援A「わりぃな隊員C、そういうこった」
そう言うと支援Aと隊員Dは銃を持ち、巡回に向った
隊員C「ああ、気分悪ぃ…」
衛生「お前、こっち来てからさんざんだな」
隊員C「ああ、まったくだ。腕は千切れかかる、糞野郎共に難癖つけられる、
おまけにババ抜きで連続ビリケツ。最悪のフルコース、豪勢なことだ!」
衛生「先に難癖つけたのはお前なんだろ…?」
隊員C「うるせぇ。こんなんがこの先も続くと思うと、嫌になるねホント」
衛生「不安の抱えてるのは皆同じさ。こっちに飛ばされてもう一週間になるからな」
言いながらコーヒーを口にする衛生
衛生「…向こうでは騒ぎになってるかもな」
隊員C「そうかねぇ?もしかしたら、向こうの世界じゃ
まだ数分と立ってないかもしれねぇぜ?」
衛生「…は?何言ってんだ?」
隊員C「おめぇ、こういう方面は疎いな…こっちの世界と俺達の世界で、
時間の流れが一緒だっていう保障もねぇんだぜ」
衛生「ああ、まぁ…言われてみれば…、ってことは、
同じ時間に戻れる可能性もあるってことか?」
隊員C「それまで俺等が無事ならな。けど、この先なんか違えば、
フィラデルフィアやメアリー・セレストの仲間入り、なんてことになるかもな?」
自衛「それもおもしれぇじゃねぇか」
冗談めいた口調で言い放つ自衛
隊員C「バカこけ、オレはゴメンだね」
衛生「フィラデル…?何だ?」
隊員C「大戦中にアメクソ共がやったステルス艦実験だよ、都市伝説だがな。
詳細は端折るが、駆逐艦エルドリッジをレーダーから消す実験だった。
ところが、エルドリッジはレーダーどころか船体そのものが
完全に姿を消しちまったわけだ。
その後、再び現れたはいいが…
クルー共の体は燃えあがってるは凍ってるは、
挙句船体に体が溶け込んでた奴までいる有様。
生き残ったクルーも全員頭がパーになりましたとさ、めでたしめでたし」
隊員Cは卑屈な言い回しで言ってみた
衛生「それって…」
衛生は背中が薄ら寒くなるのを感じた
隊員C「まぁ、どこまでホントかは知らねぇけどよ、
もしかしたら、エルドリッジの奴らも異世界に投げ出されて、
そこでファンタスティックな目にあって帰って来たのかもな?」
衛生「俺達も駆逐艦エルドリッジみたいになるっていいたいのかよ?」
隊員C「"自衛隊、一個中隊壊滅!空白の数時間に何があった!?"ってか?」
新聞の一面でも考えるかのように言う隊員C
衛生「やめてくれ!気味悪くなってきた…」
自衛「だが、最悪ありうる話だ。だからこそ隊員C、
それを他の奴等の前で言うんじゃねぇぞ」
隊員C「あー、分かった分かった。はいはいはい…」
衛生「冗談だろ…」
自衛「言ったろ衛生。そうならねぇためにも、やるべき事は大量だ。
支援Aじゃねぇが、まず、原油を煮詰めるなりなんなりしてでも
使えるようにするぞ」
隊員C「無茶言うぜ、ったく…」
翌朝
紅の国 風精の国
院生達の宿
院生「…ん…」
院生は窓から差し込んだ光で目を覚ました
しかしまだ眠く、毛布をたぐり寄せようとする
院生「…!?」ガバッ
しかし次の瞬間、違和感により院生は飛び起きた
院生「あ、あれ!?こ、ここ…!?」
見慣れぬ風景に困惑する院生だったが、すぐに昨日のことを思い出した
院生「…あ、そうか…そうだった…」ドサッ
力が抜け、再びベッドに倒れこむ
院生「…あれ、燐美さんと麗氷さんは…?」
隣のベッドで寝ていたはずの二人の姿が無いことに気づき、再び半身を起こす
部屋内を見渡していると、ドアが開いた
燐美の勇者「あ、起きた?」
院生「燐美さん、おはようございます」
燐美の勇者「うん、おはよう。ごめんね、声かけようかと思ったけど、
ぐっすり眠ってたから」
燐美の勇者はすでに着替えを終えていた
院生「あ、ごめんなさい…すぐに着替えます!」
燐美の勇者「あ、いいよ。そんなに慌てなくて。
朝ごはんまでにはまだ時間があるし」
そう言われながらも、院生はせかせかと着替えを始めた
宿の一階
麗氷の騎士「…そうですか」
商人A「どうにも国内で妙な動きがあるようだ。国を抜けるまでは、
気をつけたほうがいいだろう」
一階のホールでは、麗氷の騎士と商人Aが何かを話し合っている
麗氷の騎士「わかりました、情報ありがとうございます」
会話が一度区切られると同時に、院生と燐美の勇者が階段を降りて来た
院生「あ、麗氷さん、商人Aさんも。おはようございます。」
商人A「ああ、おはようございます」
麗氷の騎士「昨日はちゃんと眠れたかい?」
院生「はい、おかげさまで」
麗氷の騎士「それはよかった」
院生「すみません、寝坊しちゃったみたいで…」
麗氷の騎士「そんなことないさ、私達にはまだ余裕があるからな」
院生「私達?」
商人A「ああ、私達の方は、月詠湖の王国で大事な商談があって、
朝食の後、すぐに出発しなくてはならなくてね」
院生「あ…そうなんですか…」
少し寂しそうな顔になる院生
商人A「ところが…一人、未だに起きて来ない奴がいてね…」
院生「え?」
麗氷の騎士「どうやら、来たみたいですよ。」
麗氷の騎士が示した廊下の先に、狼娘の姿が見えた
狼娘「わぅぅ〜…」
狼娘は頭を押さながら、よろよろと歩いてくる
商人A「やっときたか」
狼娘「あ〜、院生ちゃん…おはよ…」
院生「お、おはようございます…。だ、大丈夫ですか…?顔色が…」
狼娘「頭いた〜い…」
商人A「いつもこうなんだ。飲みすぎて、翌朝は決まってこうなる。
ほら、とりあえず顔洗って来い」
狼娘「わかったから大声ださないで〜…」
北の砦〜木洩れ日の町間
朝を向えてから数時間後、派遣小隊は砦から撤収
その再、町まで搬送される負傷者を護衛することになり
来た時と同じように、馬車の列の前後を警戒している
偵察「…長ぇ列だな…」
一方、小隊が護衛する列と次々にすれ違い、砦へと向ってゆく行列があった
歩兵に騎兵、それに荷物を満載した馬車
増援として到着した33騎士隊の面々だ
彼らは、小隊のトラックや後ろから続く自走迫撃砲に目を丸くしながらも、砦への道を進んでゆく
時々手を振ってくる者もいて、隊員達はそれに返していた
偵察「これでようやっと一安心って所ですかね」
偵察はトラックの荷台から身を乗り出し、
助手席の隊員Eに話しかける
隊員E「姫さんの話だと、他の町の駐留部隊にも派遣要請を出したらしい。
北の国境線をできるかぎりカバーする気だろう。
それと、事後処理はあちらさんが全部やってくれるとさ」
偵察「そりゃよかった、正直くったくたですからね」
隊員E「俺達は、帰還して報告だ。
まぁ、お客さんを送り届けてからだがな」
隊員Eと偵察は荷台に目をやる
荷台には負傷した騎士が何人か乗せられていた
馬車の数が足りなかったため、一部の騎士をトラックで搬送しているのだ
五森騎士「…」
その中には五森騎士の姿もあった
彼女はムスッとした表情で、ずっと車外を眺めている
同僚「…朝からずっと不機嫌な顔のままだな」
五森騎士「…ふん」
五森騎士も負傷と衰弱のため、町に送り戻される事となったのだが、
トラックに乗せる際、彼女は砦に残ると言い抵抗し、ひどく苦労したとか
同僚「五森姫さんにも顔を見せてあげたほうがいいだろう?」
五森騎士「!…馬鹿を言うな、こんな失態を犯した身で、
姫様の前に顔を出せるわけないだろう!」
同僚「そう言うな。彼女、君のことをかなり心配してたぞ。
昨日の夜も、報告で出向いた時に寝巻きのまま飛び出して来たんだ」
五森騎士「そんなこと…姫様がこんな愚か者の心配など…」
同僚「本当だ」
五森騎士「…」
同僚「君も慕ってるそうじゃないか。だったら、会ってあげたほうがいい」
五森騎士「…ふん…」
再び 紅の国 風精の町
入り口近く
商人一行は町を立つ準備を整え、馬車はいつでも出発できる状態となっていた
院生達もそれを見送るため、町の入り口まで来ている
麗氷の騎士「本当に色々とお世話になってしまって…」
商人A「なに、お互い様さ。」
商人B「短い時間だったが、なかなか楽しかったよ」
院生「…」
狼娘「ほら、そんな悲しそうな顔しないの」
院生「は、はい…」
狼娘「これ、大事にするからさ」
狼娘がかざしてみせたのは、100円硬貨
院生が狼娘に譲ったものだ
狼娘「それに、またどっかで会うかもしれないっしょ?」
院生「うん…そうですね!」
院生はしんみりとしていた気持ちを振り払い、笑顔を作って見せた
別れの言葉を交わし、商人達と狼娘は馬車へと乗り込む
商人A「では、皆さん。お元気で!」
燐美の勇者「そちらも、良い旅を!」
狼娘「またどっかでな!」
院生「はい!」
商人一行を見送った院生達は宿へと戻ってきた
麗氷の騎士「さてと…じゃあ、院生さんの装備を揃えに買い物に行くか」
燐美の勇者「まずは服装と靴だね。今の院生さんの服装だとちょっと…」
院生「で、ですよね…」
院生の格好はYシャツに上着にスカート、靴はローファーと、
大学に行くならともかく、旅をするにはかなり厳しい
燐美の勇者「じゃあ、早速行こっか」
院生「あ、ちょっと待ってください。バッグを取ってきます」
院生は荷物を取りに、部屋へと駆けて行った
燐美の勇者「…ねぇ、さっき商人Aさんと話してたこと…」
麗氷の騎士「ああ、昨日の夜逃げしてしまった宿にかかわる話だ」
燐美の勇者「どうなってるの?」
麗氷の騎士「どうにもこの町だけのことではないようだ。
半年前から、このような不可解なことがいくらか続いていると…」
燐美の勇者「繁盛していたお店が潰れたり、その逆が起きたり…
国の方針が変わったのかな?」
麗氷の騎士「いや。ここ一年で、国からそういった発表はなかったそうだ。
それに、事態は商店に限ったことではないらしい。
その土地の有権者が突如、その立場を他の者に譲ったりとな…」
燐美の勇者「…妙だね…っていうか、この国の人たちはどう思ってるの?」
麗氷の騎士「皆、違和感は感じているようだが…
去年は国全体的で収穫が少なかったらしい。
その影響だと考えているみたいだし、
何よりそのせいで、皆余裕がないのだろう…」
燐美の勇者「でもさぁ…」
麗氷の騎士「分かっているさ。国を抜けるまでは気をつけたほうがいいな…」
話が終わると同時に、院生が戻ってきた
院生「お待たせしました…あれ?何かありました?」
燐美の勇者「ううん、なんでもないよ。さ、いこ」
木洩れ日の町
町に到着した派遣小隊は、負傷者の搬送に手を貸し、
町の中に設けられた救護所に、負傷者を運び込んでゆく
五森騎士「だ、大丈夫だ!一人で歩ける!」
同僚「まだ心配なんだよ…ん?」
同僚は五森騎士を支えて救護所に向う途中、
道の先から近づいてくる人影に気づいた
五森姫「同僚さん!」
近づいて来る人物は他でもない五森姫だ
五森騎士「な!?」
同僚「ああ、五森姫さ…どわっ!?」
同僚は五森騎士に突き飛ばされる
一方の五森騎士は、五森姫の前で膝を突き、大声で言い放った
五森騎士「姫様!このたびの件!大変申し訳ございませんでした!
騎士団長殿に意見を具申したのは、私であります!
全ての責任は、全ての処罰はこの私が!!」
五森姫「五森騎士…」
五森騎士「は!姫様の御前におめおめと
顔を出せる身でないことは、重々承知しております!
しかし、せめてこの愚か者に最後のけじめを…!」
五森姫「五森騎士!!」
五森騎士「!?」
気迫の込められた声に、五森騎士声を切った
五森姫「…」スッ
五森騎士「っ!」ビクッ
そして五森姫の近寄る気配に体を縮こまらせる
彼女は叱責、もしくは体罰を覚悟した
フワッ
五森騎士「…え?」
しかし次の瞬間、五森騎士は五森姫の腕に包み込まれていた
五森騎士「ひ…姫様?」
五森姫「…よかった…」
五森姫は五森騎士の耳元でそう呟く
そして、顔を離すと今度は凛とした声で言った
五森姫「馬鹿!あなたに何かあったらどうしようかと…!」
五森騎士「も、申し訳ございません!私の勝手で…いかなる罰でも…」
五森姫「そういうことではありませんわ!
出陣前にあれほど無茶をするなと言い聞かせたのに!
今回だって、彼らに応援を依頼したのは
あなた達の負担を少しでも減らそうと思ったから…!
もう!これでは本末転倒ですわ!!」
涙交じりの声で言い放つ五森姫
五森姫「あなたが望んだからあなたを行かせたけど、
本当は私の元を離れて欲しくはなかったの!」
五森騎士「…姫様…申し訳ございませんでした…」
五森姫「本当よ…本当…よかった…」
負傷者の運び込みが終わり
派遣小隊は全ての事項の五森国騎士団への引継ぎを完了した
隊員G「報告します。第一、第二両分隊、点呼完了。異常なし」
同僚「同じく全ての作業、状況の五森国側への引継ぎ、完了しました」
隊員E「了解。俺達は撤収だ、分隊ごとに乗車。完了次第陣地に帰還する」
同僚「は」
隊員G「了解。よし、乗車開始」
隊員Gが指示を出し、隊員達は乗車を開始する
隊員A「迅速にだ!無駄な話はするんじゃないぞ!」
支援B「ったく、いちいちうるせーな…」
偵察「いつものことだろ」
隊員Aが口うるさくするのを聞き流しながら、乗り込んでゆく偵察達
隊員A「…隊員E二曹。活動が一段落した影響で、隊員達の気が緩んでいます。
今一度注意をしておくべきかと」
隊員E「そういうな隊員A、皆疲れてる。お前もそうだろう?
帰ってからもやることはたくさんあるんだ。
少し気を抜くくらい、大目に見てやれ」
隊員A「しかし!」
隊員E「それより、報告の内容をある程度整理しておいてほしい。頼めるか?」
隊員A「…は!分かりました!」
言うと隊員Aはきびすを返し、トラックへ歩いていった
隊員G「あいつ、もうちっと丸くならねぇもんかね?」
同僚「まぁ…初任幹部も驚くほどの生真面目さですからね…」
隊員E「言ってやるな。あいつなりに精一杯やってるんだ。
それより、お前らも早く乗車しろ」
そう言われ、トラックに向けて歩き出そうとした時
五森騎士「ま、待ってくれ!」
声をかけられ振り返ると、救護所から五森騎士が歩いてくるのが見えた
隣には五森姫の姿もある
同僚「どうした?まだなにか…」
五森騎士「…いや…その…」
何か言おうとするも、なかなか言い出せない様子の五森騎士
五森姫「ほら、しっかり」
脇から五森姫がそれを後押しする
同僚(本当に姉妹みたいだな…)
五森騎士「その…お前には…あ痛!」
五森騎士は五森姫にはたかれる
五森騎士「…貴殿には付きっ切りで手当てをしてもらったのに、御礼も言っていなかった。
こんな愚かな騎士を助けてくれて、本当に感謝している」
五森騎士は顔を赤らめながらそう言った
同僚「別に感謝されるほどのことはしてないさ」
五森騎士「いや、しかし。貴殿には無礼な態度を働いてしまった…」
同僚「気にしないでくれ。少なくとも、私はあの場で
自分にできることをしただけだ」
五森騎士「そうか…と、ともかく、ありがとう…」
五森騎士が言い終えると、今度は五森姫が前へと出る
五森姫「皆様…その、先ほどはお見苦しい所をお見せしてしまいましたわ…
その、この娘の姿を実際に見たら、つい…」
気恥ずかしいのか、言い訳のように言葉を濁す五森姫
五森姫「んん…失礼…。それから隊員E様、あなたに感謝の言葉を
伝えさせてくださいな」
隊員E「ん、私ですか?」
五森姫「お聞きしましたわ。直接、五森騎士の危機を
救ってくださったのは隊員E様だと」
隊員E「ああ、いえ…偶然です。敵の隙をつける場面に、偶然居合わせたにすぎません。」
五森姫「ふふふ、どこまでもご謙遜を。ともあれ、今回の件…国の代表として、
そして一人の姉として感謝させていただきます。
それと、支援の件につきましては、後日こちらから使者を送らせて頂きますわ」
隊員E「お願いします。」
会話が終わり、最後に両者は握手を交わした
全てを引き継いだ後、町の住民の見送りを受けながら
自衛隊派遣小隊は木漏れ日の町を後にした
隊員E「どうにか派遣活動も無事に終わったな…」
異世界における自衛隊の最初の派遣活動は、ここに完了した
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